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伊勢講座

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「伊勢」は旧国名なのです、の話。(その一)

鉄道を使って参宮にいらした方が、まず外宮に、と降りられる駅が「伊勢市駅」です。
この駅名が、何故「伊勢駅」ではなくて「伊勢市駅」なのですか?という質問を時々いただくことがあります。

そんな時は、「伊勢」だけだと旧国名なので広い地域を指してしまう場合があり、それとの区別のために現在の伊勢市という意味で「市」を入れています、とお答えしています。

明治以前は「県」の代わりに薩摩の国、信濃の国、越後の国などの国名が使われていました。

そして、三重県の上半分は「伊勢の国」と呼ばれていたのです。

「伊勢市」というのは昭和三十年から使われている比較的新しい名称です。
では、その前はなんだったのか。

年配の方はご存知でしょうが、「宇治山田市」と言いました。参宮で栄えた内宮の鳥居門前町が「宇治」、外宮前が「山田」と呼ばれ、この2つの町が宇治山田市の中核をなしていたのです。

ですから、昭和三十年以前に有名になった「伊勢〇〇」というのは、旧国名として広く三重県の上半分を指して使われました。

「伊勢商人」といえば松阪・相可を中心とし、江戸で活躍した大商人たちですが、伊勢の国から行ったから「伊勢商人」ですし、「伊勢型紙」は白子を中心とした伝統工芸ですが、伊勢の国の見事な型紙として評価されたからその名がついたのです。

鉄道の駅名も近鉄の「伊勢中川駅」は伊勢の国の中川という町にあるから。JRの「伊勢奥津駅」など各駅も同様です。駅名の場合、同一名称があった際は旧国名を頭につけて認識をしてきたのです。

伊勢市観光協会
副会長 山中 一孝

「伊勢」は旧国名なのです、の話。(その二)

それが昭和三十年以降、旧宇治山田市が周辺地域との合併の際「伊勢市」と名のってしまってから、この市だけが「伊勢」であるかのようなイメージが徐々にひとり歩きを始めました。

お国訛り(なまり)の「伊勢弁」(いせべん)は伊勢の国の訛りだったのに、現在松阪や津の人は「伊勢弁」と言わない方が多くなりました。

とは言え「伊勢」の名称が「神宮」を強く連想させ象徴しているのもまぎれもない事実です。

古来、短歌や俳句、物語や民謡などに出てくる場合は、神宮を直に指すのを遠慮するかのように所在地である「伊勢」が使われました。

鎌倉時代末に書かれた「徒然草」の二十四段にも

(前略)
すべて、神(かみ)の社こそ、すごくなまめかしき物なれや。物古(ものふ)りたる杜のけしきもただならぬに、玉垣(たまがき)しはたして、榊(さかき)に木綿懸(ゆふか)けたるなど、いみじからぬかは。
ことにおかしきは、伊勢、賀茂、春日、平野、住吉、三輪・・・
(後略)

とあるように、趣奥き神社の第一に「伊勢」があげられており、この場合は当然「伊勢」=「神宮」を指しています。
七百年前も今と同じような使われ方をしているのがわかります。

伊勢市観光協会
副会長 山中 一孝

「伊勢」は旧国名なのです、の話。(その三)

伊勢市民のあるある話で、県外、特に遠方に出かけた時「三重から来ました」と言うと反応がイマイチで、ピンと来てないなと思う相手でも「伊勢から来ました」と言い直すと「あ!伊勢からですか!」と良い反応をしてもらえるというのがあります。

具体的な地理関係より心の中での存在の大きさを感じます。この場合は、あきらかに地名より神宮のお膝元のイメージが強いのでしょう。

ちなみに、日本中に名の知られた神社で旧国名を愛称に持っているのは伊勢と出雲くらいではないでしょうか。
地名・町名を愛称とする神社はそれはたくさんありますが、旧国名となるとなかなかありません。

国ツ神の中心、大国主命を祀る出雲大社が「出雲さん」「出雲もうで」と親われるように日本の総氏神としての「お伊勢さん」は昔から特別な社(やしろ)として存在したのだなということが「旧国名を愛称としている」このことからもわかります。

余話ですが、出雲市にあるJRのメインの駅は「出雲駅」ではなく、「出雲市駅」です。これも伊勢と同じです。

伊勢市観光協会
副会長 山中 一孝

カップルで参宮するのは・・・の話

神宮の中を歩いていると、こういう説明をしているバスガイドさんに今でも出くわす事があります。

「伊勢の神宮は御祭神が天照大神様です。女性の神様です。ですから夫婦や恋人同士でお参りすると神様が嫉妬して二人の仲がうまくいかなくなる。という事も昔から言われております・・・。」

実はこの手の話、今に始まった事ではなく私が知る限りでも昭和、平成と地味ですが語り継がれてきております。
果たしてそうなのでしょうか?

山岳信仰などにおいて女人禁制を説明する時に「この山はコノハナノサクヤヒメが御祭神です。女性の神様なので嫉妬するから・・・。」
というのは聞くことがあります。

ただ、伊勢の神宮の御祭神は天照大神です。
「古事記」「日本書紀」などを読んでも男女の仲に嫉妬するという性格は見あたりませんし、皇祖神であり、太陽になぞらえるほど広く高い徳を持った女神様に対しこの手の俗論、あまり似つかわしくありません。

そこで見方を変えて
「夫婦や恋人同士で参宮してはいけない」という話が誰に利益をもたらすのか、ということを考えてみます。

推理小説の手法ですね。

麻吉旅館(遊郭の場所として栄えた街に唯一当時の面影をそのまま残した楼閣)

すると、今では営業をしていませんが「古市」という遊郭がかつて伊勢の街にあったことに気がつきます。

江戸時代には「日本三大遊郭の一つ」とまで言われ、「伊勢まいり 太神宮へは ちょっとだけ」という川柳で男たちを誘った大歓楽街でした。明治、大正と徐々に衰えましたが完全にその灯が消えたのは空襲を受けた昭和二十年のことだそうです。

歓楽街にとって一番困るのは警察でも保健所でもありません。

男性客が妻や恋人と行動を共にしていることです。

例え、妻や恋人がいようとも伊勢まいりの時だけは一人身で来てもらいたい。そして古市で遊んでお金を落としていってほしい。そのためには、最もらしい言い訳、理由があるととても便利です。

「伊勢の神様は女だから嫉妬する。夫婦で行けないんだよ。残念だが俺一人で行ってくるわ」という言い訳ができることは古市にとって営業上とても都合がいいことになります。

この仮説を裏づける文献資料は残念ながら見つかっておりません。歓楽街の集客用のつくり話なら史料として出てくる可能性は低いでしょう。ただ、天照大御神の御神徳や神宮の我が国における特別な存在を考えても「カップルで参宮しない→古市集客用つくり話説」は真実に近いのではないかなと思います。

また、今ひとつ思うのは、古市の全盛期は江戸時代。
完全に灯が消えてからでも70年以上たつのに「カップルで参宮は・・・」という物語が誰に頼まれたわけでもないのに語り伝えられているという事の面白さです。優れたコピーや名言と共にユニークな「物語」は一人歩きをし人々の心をとらえ続けるものなのですね。

伊勢市観光協会
副会長 山中一孝

伊勢の花火大会は日本の花火師の心意気を感じる大会です、の話(その一)

毎年7月中旬に、伊勢市宮川河畔で行われる「伊勢神宮奉納全国花火大会」をご覧になった事はありますか?一度でも見たことのある方は他の花火大会と進行の仕方などかなり違うので「変な花火大会」と違和感を持たれたかもしれません。
地元の伊勢市民でさえ「地味だ」「単調」「迫力に欠ける」「〇〇の花火の方が好き」等辛辣な意見もチラホラ聞かれます。

しかし、伊勢の花火の見所は一般的な花火大会と少し違う所にあります。

煙火店(花火師)の名前が次々出てくるマニアが「その年の花火の傾向は伊勢を見ればわかる」というくらい「量」ではなく「質の高さ」を競い合う大会。

そうです。これは西日本では珍しい花火師の方々が技量を競う「競技花火大会」なのです。

大会は「打上花火の部」と「スターマインの部」の2つに分かれますが交互に行っていきます。平成30年の場合だと打上花火4回にスターマイン1回の順番で行われました。

しっかり花火を味わいたい方は、是非公式パンフレットを入手してください。近年は大会ホームページでも簡単なものは入手できます。この大会は本やインターネットで打上花火の知識を少し得てから御覧になると、がぜん面白くなってきますが、それをお手伝いするのが公式パンフレットになります。

そこで、出てくるのが「良い花火」という表現。そんなの考えたことないという方が多いと思いますが、競技花火大会ですから良し悪しの審査基準があるのです。

例えば「玉の座り」打ち上げた花火が上昇中でも落ちかけでもなく最高点でパッと開くこと。ドンピシャで開くと気持ちがイイ!!上っていく途中で開くと扇形になったり、落ちながら開くと星が流れたりします。

他にも「消え口が揃う」とか「肩の張りが良い」とか、知ってるとちょっと自慢ができると思いませんか。そして良い花火であればあるほど本当に美しい。フィギュアスケートや体操競技で難易度が高い技が決まるのと同じです。

そういう花火を製造し(ほとんど手作り!!)打ち上げる花火師さんは本当にすごいと思います。

伊勢市観光協会
副会長 山中 一孝

伊勢の花火大会は日本の花火師の心意気を感じる大会です。の話(その二)

平成30年の大会はBS・TBSで生中継され好評だったと聞いています。解説された専門家の方の説明がわかりやすく、花火は見方を教えてもらうと楽しみが深まるというお声もいただきました。

日本の花火師の世界に誇る技術を一瞬の輝きの中に見るそんな「粋」を楽しんでください。

また、この花火大会は神宮に花火を奉納する唯一無二の大会です。

花火師の方々にとっては天照大御神に御覧いただく花火をあげるのです。

地方の花火大会ですから予算は厳しいです。低い方かもしれません。でも多くの花火師の方は予算に関係なく、己の技量の全てをかけて神様に見て頂くために最高品質の花火を打ち上げます。

量ではない、質ですごいと言われるのはこういう伊勢ならではの「神宮奉納」という特殊性があるのです。

花火師の方と雑談をしていると、
「伊勢だけは会長さんが見に来るんですよ」という煙火店さんや「この大会は家族を呼びます」という方や、伊勢への特別な「想い」を聞くことがあります。
日本の花火師の心意気をどうぞ今年もお楽しみください。

伊勢市観光協会
副会長 山中 一孝

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