金剛證寺本堂の北西にある、経ケ峯から発見された経塚群。明治時代に陶製経筒が発見されていましたが、未調査のため詳細は不明でした。その後1959年・1960年(昭和34年・35年)伊勢湾台風による倒木の整理作業中に銅製経筒や鏡などが発見され、後の調査で43基もの経塚が発見されました。経塚は、穴を掘って石を敷き詰めた空間に、副葬品と共にお経をいれた筒を据え置き、その上に大きな石で蓋をしたものです。出土品の中には非常に貴重なものも含まれ、阿弥陀如来を描いた「線刻阿弥陀三尊来迎鏡像」などは国宝に指定されています。これら出土品は金剛證寺などに保管されており、埋経されていた場所には出土地点を明確に残すため、寄進者により石塔が立てられました。史跡は1966年(昭和41年)朝熊山経塚群として、国から史跡に指定されました。